One step forward

町田あかね(Akane Machida

English Uplift 3,4,5,6 期修了。東京都世田谷区在住。会員制児童英語教室講師。

20年に渡り、1.2歳児から中学生までを見ている。 教室とは別に、高校生にも英語を指導。

また高校生と大人を対象に、英語コーチングも展開。

クライアントさん達の劇的な変化に、さらにパワーをもらっている。

 

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《One step forward》

自分の中に眠っていた力。この講座に飛び込んで、それに気づく。

「できると思えばできる。できないと思えばできない。これはゆるぎない絶対的な法則である。」 

パブロフ・ピカソ


講座との出会い

英語講師としての経験年数を重ね、それなりに確立した自分のスタイル。

それを気に入って通ってくださる方がたくさんいることに、ある程度自信もあった。

 

しかしながら、自分自身は成長しているのだろうか?と、ふと気づく。ただ年齢を重ねているだけではないだろうか。

 

毎年カリキュラムにアイデアを加えて自分のレッスンをしていても、このまま先もずっとこれでいいのだろうか。

漠然とした不安がよぎるようになっていた。

 

そんな時に、同じ英語講師仲間である大切な友人からこの講座の2期を紹介された。

他の先生方のようにセミナーを渡り歩いてきたわけでもなく、さほど勉強熱心でもなかった私。

お話は伺ったものの、まだその時点で自分自身に用意はできていなかったので、見送ることに。

 

 

しかし、そこで耳にした「コーチング」の言葉はなぜか引っかかっていた。

その後調べて、他のコーチングのセミナーもいろいろ受けてみたが、他のは、最初の話を聞いただけで「何かが違う」と肌で感じて、逃げるように途中退席。何が違うのだろう。

その頃、自身の中学生クラスをもっとなんとかしたいという思いを抱えていたこともあり、Upliftに何か呼ばれている気がして一念発起、2期は見送ったが3期の受講を決意する。

戻って、英語との出会い

私は中学で初めて英語というものに出会った。

1の時に、当時の西ドイツ、フィンランドのペンフレンドと英語で文通を始めたことで、一気に海外への興味が爆発することになる。

 

そして同じ中1でローリングストーンズとクイーンを知り、音楽評論家を目指す程、どっぷりと洋楽オタク化。

中高時代の私にとっての英語の先生は、もはや学校の先生ではなく、ロックミュージシャン。

来日するたびにコンサートに行き、一緒にライブで歌いたい一心で、歌を英語で覚え、意味も知りたくて、スラング辞典まで買って、わからない単語を調べた。

アルバム全曲、完璧に英語で歌えるまで練習し、コンサートで一緒に歌った。 

私の英語の原点(ごく一部)

この頃はレコードからカセットにダビング!


本屋の洋書コーナーで海外の洋楽雑誌を買っては、辞書を引き引き、読み漁った。

当時は、これを勉強とは全く思っていなかったものの、英語学習としてはかなり有益な方法だった。英語の発音、言い回し、ニュアンス、全て感覚的に身につけていったように思う。

当時、尊敬していたのは、欠かさず観ていたベストヒットUSAの司会者、小林克也さん。

留学経験が一度もなく、アメリカに行ったことすらないのに、流暢に英語を話して海外の一流アーティストにインタビューする姿に、とても憧れた。 

英語講師への道

こんな風に英語漬けだった中、高校でクラス1名だけの交換留学の話があったものの当時は家族の許しをもらえず他の友達が行くことになり、かなり悔しい思いをした。

 

大学は心理学科へ。

この大学時代にニューヨークとイギリスのエクセターに留学を経験。

ここでやっと、念願だった海外の世界を見る。

 

通訳・翻訳学校へも通ったが、通訳の方は手に汗握る思いばかりして断念、翻訳の方は資格を取ることができた。

しかし、本を相手に黙々と仕事するより、人とコミュニケーションを取る方が向いていることに気づき、翻訳の方は、依頼を受けたテレビドキュメンタリーの台本の仕事を仕上げてから身を引く。

 

大学で教育心理学や発達心理学を学んでいたこともあり、子供の教育に興味が出てきて、「教師」の職業がちらつくようになるが、心理学科では教職は社会科しか取れなかったこともあり、どこかで英語を使いたかった私は、まずは世の中を知ろうと卒業後は大手リース会社へ就職。

国際部の総合職でアジア、オセアニア11カ国の現地法人を担当。

ここで英語を日常的に使うことになるが、結局もともと金融に興味がなかったので3年で退職。

イギリスにて。

メキシコ人の積極性に圧倒されていた頃。

国際部勤務時代。

各国の現地法人の社員たちと。


 その後、やはり教える仕事をしたいと、英語専門スクールで6年半、中高生、浪人生に英語を教えることに。

 

ここでは受験指導や学校の成績指導がメインで、とにかく成績を上げればよかった。

生徒たちは英語に極端に苦手意識をもつ子ばかり。

私の指導方法は、洋楽から英語を学んだ自身の経験から、文法でもオリジナルのリズムやチャンツを取り入れ、他にそんなやり方をしている講師がいなかったこともあって、スクールでは異質に見られた。

しかし生徒たちからは評判が良く、他の先生の指導を受けていた生徒たちから、担当を私に変えてほしいと言われていると事務局に相談される。

 

担当した生徒たちは成績が上がり、それに対しては私も満足感や達成感を感じていたものの、英語嫌いを本当の英語好きにさせるまでは持っていけず、この子達にとって「勉強でしかない」英語というものに悶々としたものを感じるようになった。

 

英語の「勉強」を指導しながら、これは私が本当にやりたいことではない、という思いが日に日に強くなり、辞める決意をする。

その後出産を経て、子供には楽しい英語の経験をさせたいと、息子のためにある英語教材を買った。その「歌」を用いた英語習得方法は、まさに私の青春時代の英語習得法と同じではないか!?

これなら絶対に英語が好きになる、と確信。

そして、英語との向き合い方について前職で感じた思いから、この会社の英語教室の講師になる。

英語専門スクール講師時代。

①私を慕ってくれていた高2男子たち。

②退職後も生徒たちから手紙が。


児童英語講師としての日々

このような経緯で児童英語講師になったものの、私自身が洋楽で楽しく英語と出会った「好きこそものの上手なれ」の経験と、前職で英語の勉強に苦しみ英語嫌いになっていった生徒たちを見てきた経験から、

「英語に楽しく触れさせる」の気持ちが強すぎて、とにかく楽しませることに注力していた。

 

楽しく触れていれば英語に対して前向きになれる、という、自分の信念だけで動いていた。それは、あながち間違いではなかったと思う。

しかし、今思うと、私のやり方は点が点のまま散在していて、線にはなっていなかった。

 

私は何を目指しているのか?

よくわからない気持ちに蓋をして、ただ月日だけが経っていった。

毎年、私のハロウィン仮装が何かをみんなが予想!


講座での学び

この講座で、「英語教育は言語教育、言語教育は人間教育」という言葉に出会った。

 

「教育」という言葉の重み。

 

パターンプラクティスをこなし、楽しく慣れ親しむこと。「それは教育ですか?」の言葉に、ドキッとする。小さな教室という空間で、私たちは日々、生徒たちに技術を習得させているのではなく、その人間形成にアクティブに関わっているということに、今更ながら気づいたのだった。

 

他の習い事ではない、英語教室だからこそできることがあった。それは私たちが扱うものが言語であるから。

言語教育は人間教育。全ての教育は、その人が幸せになるためにある。

この教育の真髄を学ぶことで、1週間にたった1時間のその生徒との関わりの重みを、より意識するようになった。

すると私のフォーカスも、どれだけ楽しんでくれるか、ではなく、子供達が楽しみながらどう考えて動けるか、発言できるかという、そのプロセスに変わっていった。

それに伴い、子供たちのスモールステップがたくさん目につき始めた。

ここにもあそこにも、たくさん褒めるところがある。

子供達が成長している瞬間がたくさんある。

楽しませることだけに注力していたら見落としていたであろう、とても大事な瞬間だった。

 

すると、何より私自身の軸がしっかりした。

私がフォーカスしているのはここです!ここを見てください!と自信を持って保護者の方々に伝えることができる。

自己効力感を育むことで、間違うことを恐れて発言できなかった子達が、積極的に大きな声で発語するようになり、ふざけて日本語ばかり話していた子が、ふざけて「英語で」返すようになった。

私の仕事は、子供たちの「生きる」力を育むこと。尊い仕事であることを、あらためて認識した。

必要な情報を取るために英語を聞き、話す。

パワーをくれる可愛い生徒たち。


知らなかったもう一つの扉

この講座で、一番最初に学ぶ「コーチング」。

私が2期のセミナーの時から気になっていたもの。

今では、なぜ他のコーチングのセミナーに違和感を感じ、Upliftの受講を決めたのかが、よくわかる。

他のセミナーで耳にした「感謝されたくないですか?」「お金をいただいて、その上感謝されますよ」の言葉。

異常なまでの嫌悪感を抱いて、途中退出。コーチングのイメージが悪くなりかけてさえいた。

私がコーチングに興味を持ったのは、お金のことでも感謝されることでもなかったから。

Upliftのコーチングは、それが児童英語講師として変化し、成長していくために必要なことだから学ぶ、そこが他と大きく違うポイントだった。

自分をここまで徹底的に見つめ直す経験は今までにしたことがなく、それはきつくもあったが、驚きの発見でもあった。

コーチングスキルを身につけたことで、自分自身が整い、それは生徒たちや保護者の方と向き合うときに生かすことができている。

 

そして、実際に、3期受講中より、プロの英語コーチとしてスタートすることができた。

これは私自身の大きな変化だった。年齢関係なく、人は成長できる、変化できる、という大きな気づき。

講座を受講したことで、私の人生まで変わってしまった。 

 

嬉しいことに、クライアントさんの人生にも大きな変化が続々と起こっている。

開始時、インターナショナルスクールに転職できたら夢みたい、とおっしゃっていた方は、コーチング終了時それを実現!

TOEIC 550点から始め、650点を目指していた方は800点を取得!

ネイティブと15分英会話を弾ませたかった高校生は、今では大好きな歴史の話で3時間も話せている

そしてそれぞれ、次の目標に向かって踏み出されている。

コーチングの力に感動され、違う分野の勉強を始められた方も。

 

夢を実現できたことで、自分に自信をつけ、その先の未来にワクワクが続いていることが、コーチとしてなによりも嬉しい。

I’m proud of myself

英語講師は、教育者として子供達の未来を輝かせていく素晴らしい仕事であることを教えてくれた講座。

私に英語コーチとして新たな扉を開く力を与えてくれた講座。

ひろみ先生とマシュー先生には、心から感謝している。

 

1の時洋楽で英語に興味を持ってから、今に至るまでの過去の経験全てが、

今の私を形作っている。何一つ無駄なことはない。この講座に出会った時期も、全ては私に用意されたタイミングだったのだと思う。

 

遠回りしてたどり着いたこの道、遠回りしてこの講座に出会い、学ぶことができたことを今、心から誇りに思っている。

   3期のメンバー。仲間がいたから頑張れた。 

友人からの葉書のメッセージは、私の力の源になっている。